所報3月号
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坂本 光司/さかもと・こうじ 1947年生まれ。福井県立大学教授、静岡文化芸術大学教授などを経て、2008年4月より法政大学大学院政策創造研究科(地域づくり大学院)教授、同静岡サテライトキャンパス長。他に、人を大切にする経営学会会長はじめ、国や県、市町、商工会議所などの審議会・委員会の委員を多数兼務している。専門は中小企業経営論・地域経済論・産業論。著書に『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)、『この会社はなぜ快進撃が続くのか』(かんき出版)など。坂本光司法政大学大学院政策創造研究科 教授 学べに快進撃企業快進撃企業 大規模な天変地変などが発生した折、「よくぞそこまで……」とお礼申し上げたくなるほどのことを「お互いさまですから当然です」と実行する企業や人々がいる。一方、目の前に助けを求めている人々がいるにもかかわらず、見て見ぬふりをする企業や人々もいる。また、あれほど平時において、社員を大切にすると公言しながら、不況や円高になると「やむを得ませんでした」などと、平然と社員をリストラする企業も散見される。 その意味では、いかなる組織体も人もそうであるが、その本性・本気度が顕在化するのは、いつの時代も平時ではなく非常時なのである。昨年「非常時に圧巻の対応を見せた帝国ホテル」の「人を大切にする経営学会第3回全国大会」にお招きした帝国ホテルの小林哲也会長から、数々のエピソードを含めた講話を聴くことができた。その全てをここで紹介することはできないが、あの6年前に発生した「東日本大震災」の時、帝国ホテルがとった行動の一つを紹介する。 周知のように、あの大震災は都内にまで甚大な被害を与え、あらゆる交通機関のマヒ状態が深夜まで続き、多くの帰宅難民を発生させた。余談であるが、筆者もその一人であった。幸いにして筆者は東京駅の近くにいたこともあり、深夜動き出した最初の新幹線に乗ることができ、翌日の明け方、ようやく自宅にたどり着くことができた。しかしながら、宿泊するホテルなどを確保できなかった、いわゆる帰宅難民は、寒さをしのぐことのできる安全なビルも大半が閉鎖されてしまっていたので、いてつくような寒さの中、屋外で一夜を過ごすことを覚悟した。 それを見かねた帝国ホテルのスタッフは、なんと日比谷公園やその近くに避難していた帰宅難民をホテル内に誘導したのである。その数はなんと2000人以上に及んだ。広い豪華なロビーはもとより、大半の宴会場や会議室、さらには廊下までも開放し、帰宅難民を受け入れたのである。そればかりか、寒さに震える一人一人に温かい毛布を提供するとともに、缶入りパンやペットボトルの差し入れを行ったという。 圧巻なのは深夜、総料理長らが、対策本部にいた小林会長(当時社長)に「明日の朝は冷え込みが厳しいようです。少しでも帰宅難民の方々の体を温めてあげたいので、明朝、全員に野菜スープをごちそうしてあげたいのですが……」と許可を求めに来た。小林会長は「それはよいことに気付いてくれました。ところで2000人分の用意はできるのですか?」と聞いた。すると総料理長は「何とか工夫します」と答え、翌朝2000人以上の帰宅難民に温かいスープが配られたという。 この話を聞き、学会員全員が「さすが帝国ホテル……」と絶賛したのは言うまでもない。vol.51コラム16

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