所報4月号
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20コラム『坂の上の雲』のまち松山『坂の上の雲』のまち松山 今回の解説板は、末広学校・正岡家墓地跡です。子規旧邸跡、子規母堂令妹住居跡と同じ中の川通り、法龍寺がその場所です。法龍寺は、松山藩松平家の菩提寺であり、正岡家のお墓がありました。子規が入学した小学校である末広学校は、法龍寺の本堂が校舎であり、生徒は百名ばかりで、当時は習字が中心だったようです。子規は幼くして父を亡くしたため、家督の相続者として、小学校に入学した当時は「まげ」を結っていました。明治5年に断髪令が出されたため、子規が入学した頃は、「まげ」を結っている生徒は城下にほとんどいなかったようです。その後、子規は勝山学校に転校します。 跡地では、石碑にその歴史が記されています。また、現在の法龍寺には、保育園が併設されています。栗田伸美前住職が昭和27年、家庭的に恵まれない子供たちにと、本堂で青空保育を始めたそうです。その後、社会福祉法人となり、たくさんの子供たちを育てました。今は、前住職の娘さんである中川惠津子さんが、保育園を担っています。子規が学んだ場所で、今の子供たちが育つ姿を見ると、何か不思議な縁を感じました。

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