所報9月号
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11コラム 日本経済が再び空洞化の危機に見舞われている。大震災やそれに伴う電力不足から日本企業の海外流出が懸念されているのである。ただし、空洞化の危機は今回が初めてではない。1985年のプラザ合意以降の円高局面では、日本企業の欧米などへの製造拠点の海外移転が進んだ。さらに、90年代半ばの円高不況の下で、主にアジア市場の開拓に向けてやはり製造拠点の流出が発生した。今回はそれに続く、第3次の空洞化である。 もっとも、今回は大震災だけが原因ではない。それ以前から空洞化は進んでいた。好調なアジア市場の開拓を目的とする海外進出に加え、円高の進行や温室効果ガスの削減要請、高い法人税、関税障壁などを背景に、製造・販売拠点はもとより、研究開発拠点や本社機能までもがアジア地域への移転を進行させていった。これに、今回の震災でサプライチェーンの寸断や、電力の供給に対する不安、電気料金の高騰への懸念といった要因が追い打ちを掛け、移転に拍車を掛ける状況になっている。他方、アジア諸国の中には、日本企業をこれまで以上に積極的に受け入れようとする国も現れており、これも海外流出を促す要因になりかねない。 過去2回の空洞化は、日本企業にまだ余力があり、攻めの海外進出の側面があった。しかし、今回は国内市場の縮小が続く中、国内で生産を継続していくための環境の悪化や、リスクの高まりから、追い出されるようにして流出しているのが特徴である。また、過去の空洞化では、企業が海外に流出しても、国内から海外拠点への輸出が増加するなどプラスの波及効果があったが、今回は製造プロセス全体が流出してしまう恐れがある。そうなれば当然、大企業の海外流出についていけない中小企業の取引や国内雇用の喪失、所得の減少など、国内経済の衰退に拍車が掛かることになる。あるいは、輸出が縮小すれば、将来的には海外からのエネルギーや食料の調達に支障をきたすことにもなりかねない。 こうした空洞化にどうしたら歯止めがかけられるのだろうか。まずは、日本企業の競争力を阻害している要因を除去していくことが必要である。国際標準を目指して法人税を引き下げていくことや、FTA・TPPなどを積極的に推進していくことで、日本企業のハンディキャップを取り除くことが不可欠である。しかし、それでもグローバリゼーションが進展する下では、新しい市場を求め、ヒト・モノ・カネの最適調達を実現するための海外進出の流れは止まらないかもしれない。とりわけ、汎用(はんよう)品の製造企業はアジア企業との競合が激化しており、国内にとどまり続けていてはコスト競争に勝つことは難しい。また、大量のCO2を排出する企業、電力多消費型の産業などは、企業努力にも限界があり、国内にとどまることは難しい状況である。 では、どう対処すればいいのだろうか。空洞化を埋めるための新たな産業を国内に興し、雇用機会を創出するとともに、外貨を稼げる産業に育てていく必要がある。政府は新成長戦略を策定し、戦略5分野(インフラ輸出、環境・エネルギー、医療・介護、文化産業、先端産業)を指定して、これまで国内産業とみなされてきた、こうした分野の競争力を高め、雇用を生み出すだけでなく、輸出産業に変貌させることを打ち出している。しかし、今のところ、目に見える成果はほとんど上がっていない。 政府には、電力危機を乗り切るため、再生可能エネルギーの開発や省エネ・省電力の促進を起爆剤に新産業を創出するなど、成長戦略を具体化し、加速させていく取り組みが求められる。 1953年生まれ。一橋大学経済学部卒業後、76年住友銀行に入行。ロンドン駐在、経済調査部などを経て、90年日本総合研究所に着任。2000年から04年まで早稲田大学大学院アジア太平洋研究科客員教授、03年から近畿大学経済学部・経営学部客員教授を務める。現在、テレビのコメンテーターとしても活躍中。日本総合研究所副理事長 高橋 進 (たかはし・すすむ)日本を再び襲う空洞化-成長戦略のたたき直しが必要-

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