所報1月号
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21コラム とかく経営者は狙われやすい。外にあっては詐欺師やペテン師に、組織や身近にあっては「獅子身中の虫」に注意を怠れない。人を見抜く眼力は経営者に欠かせない能力の一つだが、まずは実例を紹介しよう。 Sさんは昭和60年、大学を卒業すると同時に故郷の愛知県名古屋市に戻り、父親の経営する塗装会社を手伝い始めた。正社員は13人にすぎないが、下請けの塗装職人を20人ほど抱える中堅どころである。得意先はトヨタとその関連企業で、業績は安定していた。だが、やがてバブルが到来、仕事量が急激に増え、職人をフル回転させても追い付かない状態が続く。むろん業績はウナギ上りである。 そんなところへ、大学時代の友人Tが訪ねて来た。聞けば、就職先の商社を辞めたという。SさんはTを会社に入れ、営業を担当させた。実に有能である。やがてバブルがはじけ、仕事量が減っていく中で、Tは次々に新規の仕事を取ってきてはSさんを助けた。 そして10余年、父親が亡くなり、Sさんが経営を継いだ。そこで、右腕のTを専務にしようとしたところ、Tは会社を辞めるという。いくら説得しても埒(らち)が明かない。が、訳はすぐに分かった。TはSさんの得意先と社員の半数を引き抜き、新しく塗装会社を立ち上げたのである。Sさんが会社を整理したのは、その半年後、平成12年である。 その後、Sさんは悔しくて恥ずかしくて地元には居たたまれず、豊橋市の塗装会社の社長に嫁いでいる姉を頼り、そこの一塗装職人として再出発した。義兄の経営は実に堅実だった。何よりも信用を重んじ、仕事の質も高い。そこで修業すること7年、かつての債権者から情報がもたらされた。Tの会社が倒産して、夜逃げしたという。戻ってきて、もう一度やってみてはどうかという。Sさんは、ただちに名古屋へ戻り、再び事業を立ち上げた。以来3年、Sさんの経営は順調である。そこに義兄の堅実経営の精神が受け継がれていることは言うまでもない。「獅子身中の虫に要注意」八起会 会 長 野 口 誠 一 1930年東京生まれ。日本大学卒。55年に玩具メーカーを設立。急成長を遂げたものの、ドルショックと放漫経営がたたり77年に倒産。翌78年「倒産者の会」設立を呼び掛け「八起会」を起こす。「倒産110番(03-3835-9510)」を中心に、再起・整理・人生相談まで無料奉仕。 著書に『修羅場の人間学』(東洋経済新報社)、『こんな社長が会社をつぶす!』(日本実業出版社)、『幸せをあきらめない』(致知出版社)、『家族の力』(祥伝社新書)、『不況だから倒産するのか?』(佼成出版社)など。野口 誠一(のぐち・せいいち)COLUMNコ ラ ム

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