所報5月号
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坂本 光司/さかもと・こうじ1947年生まれ。福井県立大学教授、静岡文化芸術大学教授などを経て、2008年4月より法政大学大学院政策創造研究科(地域づくり大学院)教授、同静岡サテライトキャンパス長および同イノベーション・マネジメント研究科兼担教授。他に、国や県、市町、商工会議所などの審議会・委員会の委員を多数兼務している。専門は中小企業経営論・地域経済論・産業論。著書に『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)、『この会社はなぜ快進撃が続くのか』(かんき出版)など。法政大学大学院政策創造研究科 教授 坂本光司快進撃企業に学べ職できない社員も苦しめることになります」と言われたそうだ。 そんな中でも、頑として首を縦に振らなかった人がいる。阿部泰浩社長だ。その後、数回開催された経営会議でも全員解雇の意見が続出したが、幹部社員や役員を前にして阿部社長はこう力説した。「苦楽をともにしてきた社員は家族同然だ。誰一人として解雇しない。地域コミュニティ、家、それどころか家族までも失ってしまった社員にとって唯一の絆は会社である。この身も心も傷ついたときに唯一の絆である会社との絆を引き裂いてしまったなら、社員、その家族が気仙沼で生きる意味を奪うことになる。私が同じ立場なら生きていけない。生きるも死ぬも皆一緒だ。この決断に不満があるならば、まずは社長である私を解雇せよ」 いやはや驚くべき決断だ。阿部社長の命懸けの説得に、ここまで会社を育て上げた創業者である阿部社長の実父である会長を含め、反旗を翻す人は誰もいなかったという。そして、数日後、遠方に居住地を移した者や大震災で亡くなってしまった者を除く全社員が招集された。社長は全社員を前に「皆さんは家族です。誰一人として解雇しません。一日も早く全員がまた一緒に働けるよう、ともに頑張りましょう」と話したという。「そのときの社員のほっとした表情が 4年前の東日本大震災で未曽有の被害に遭ったにもかかわらず、社員を誰一人解雇せず、見事に再生を果たした企業がある。そのうちの一つが気仙沼市にある「阿部長商店」だ。 同社の事業は主に水産加工業とホテル経営などの観光事業の2本立て。東日本大震災の折は、なんとその主力の水産加工業を担う9工場のうち8工場が全壊してしまった。その後、2カ月以上にわたり、工場はほとんど稼働できなかった。それにもかかわらず、全社員の雇用を守り続けたのである。 震災後、緊急招集された幹部社員や役員による経営会議が開かれたが、一人を除く全員の意見は「全員解雇やむ無し。再建ができたら、そのときに、また再雇用させてもらおう」というものであった。余談であるが、当時、対応策について、ハローワークに相談をしたところ、「ハローワークが社員を解雇しなさいというのもおかしいかもしれないが、今は事態が事態。解雇するべきです。そうしないと、逆に会社ばかりか転まだ目に浮かびます」と阿部社長は語る。2カ月間、ほとんど稼働できず、実質0円であった売上高は、1年後には86億円と震災前の6割の水準まで回復。それが4年後の今日では130億円までになり、社員の大半が阿部長商店に戻っている。阿部社長の果敢な決断と姿勢が同社の未曽有の危機を救ったのだ。震災に負けず社員を守り続けた『阿部長商店』vol.32コラムコラム16

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