所報5月号
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若者たちを動かすのは『かっこいい大人たち』トレンド通信父親の遺影の前に「私がいなかったら、ここに電話下さい」と翔子の携帯番号が書いてある。私はこのメモを見て涙が止まらない。 先日、和歌山県田辺市による若者の起業支援活動「たなべ未来創造塾」の第9期修了式を訪ねてきました。今期はIターン、Uターンを含めた13人が、行政、金融機関、商工会議所、卒業生の事業者などの前で、それぞれが取り組むビジネスプランを発表しました。プレゼン内容はさまざまで、新しくコンテンツ制作企業を立ち上げるに当たって地域の学生も含めた若い力を集める仕組みを提案するもの、人口の少ない地域にあえて移動式の飲食店を開業して、地域コミュニティ活動の支援を目指すもの、地域の働く若い女性や子育て世代を対象にしたオンデマンド型の健康関連サービスなど、業種も規模も特に決まった傾向はありません。全体に共通しているのは、地域が抱える課題に焦点を当てて、それを解決する新しいビジネスを立ち上げようとしていることです。 たなべ未来創造塾では、半年間にわたって、地域活性化を専門とする大学の教授から、地域の経済と将来を見越したビジネスモデルのつくり方や考え方など、理論的な知識を学びます。さらに、この塾の卒業生が講師になって、実際に事業を立ち上げてからどのような工夫が必要だったか、どこに落とし穴があったかといった実践的なノウハウも学びます。塾生同士や卒業生との交流や議論を通じて、実際に現場で使える人脈を形成していくのです。2024年度で第9期を迎えて、卒業生の総数は100人を超え、その7割が地元で起業しています。 この塾が始まったのは16年、もともとは田辺市の人口減少に対する施策の一つでした。真砂充敏田辺市長によれば、移住・定住の促進のほかに関係人口の増加も目指しました。ここまでは他の自治体でもよくある考え方です。もう一つ重視したのが、住民の中から地域のロールモデルとなる個人「ローカルヒーロー」を数多く育てるというものでした。人口が減っても魅力ある人が活躍していれば、大学進学などで一度は地域を離れた若者が帰りたくなるまちがつくれるという考えです。実はこの塾を主宰する田辺市は、それぞれの起業家に補助金や助成金を一切出していません。プレゼンに対して地元金融機関や商工会議所のアドバイスをもらい、必要に応じて融資を受け、後は民間で事業を立ち上げる仕組みです。 修了式の式典で修了生や先輩に当たる起業家からよく出たキーワードが、地域を盛り上げる「かっこいい大人」という言葉です。意味するところは、単にビジネス面で成功しているだけでなく、地域との関わりを重視して活動し、若者や若者同士のネットワークとも良い関係を保ちながら、陰になり日なたになり応援してくれる人。要するに、地域の未来づくりに貢献する意識を持って行動している経済人といったニュアンスです。 若い世代から「自分もあんなかっこいい大人になりたい」と言われるような人がたくさんいる地域は、元気になってそれが次の世代にも受け継がれ、良い連鎖を生んでいくでしょう。これは地域経済だけでなく、会社組織であれ、政治であれ、行政であれ、どんなシーンにおいても共通する大事な見方だと、今回気付かされました。﹁涙﹂魂に響く#20地域経済アナリストコンサルタントわたなべ 渡辺 和博書道家かなざわ しょうこ かずひろ5歳のときに書家である母・泰子に師事し書を始めた。世界的に活躍する日本を代表する書家の一人。ダウン症の書家としても広く知られており、国内の神社仏閣や美術館のほか、ニューヨークやロンドンをはじめとする世界各地で個展や公演を開催している。バチカン市国に大作『祈』の寄贈、NHK大河ドラマ『平清盛』の題字、東京オリンピック公式アートポスターの制作、上皇御製(天皇御在位中)の謹書を担当。2013年には紺綬褒章を受章した。■公式ホームページ  https://k-shoko.org/■Instagram https://www.instagram.com/shoko.kanazawa/合同会社ヒナニモ代表。1986年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日本経済新聞社入社。IT分野、経営分野、コンシューマ分野の専門誌の編集を担当。その後、日経BP 総合研究所 上席研究員を経て、2025年4月から現職。全国の自治体・商工会議所などで地域活性化や名産品開発のコンサルティング、講演を実施。消費者起点をテーマにヒット商品育成を支援している。著書に『地方発ヒットを生む 逆算発想のものづくり』(日経BP社)。経営コラム金澤 翔子18コラム□□□00書

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