所報9月号
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地域の菓子文化を支える老舗和楽器の伝統と文化を守り継ぐ 石田製餡所は、初代・石田熊蔵氏が、岡田製パン所で製あん技術を学び、のれん分けを受けて創業。以来、同社は砂糖を加える前の「生あん」一筋で製造し、出荷を続けてきた。2代目・宗孝氏の時代には、まだ冷蔵庫が普及していなかったため、午前1時から製造を始め、朝7時頃に配達するという昼夜逆転の生活を続けることで、各菓子店に新鮮な「生あん」を届けていた。その後、大型冷蔵庫や製造機械を導入し、業務を改善。土産菓子物需の拡大に合わせて生産を拡大した。3代目・孝幸氏は、代表就任後、不況や食品規制への対応といった厳しい局面に直面したが、「昔ながらの味を守る」姿勢を貫きながら、メーカーの要望に応じた設備投資を重ねて、伝統の味を守り続けた。 現在、経営を担うのは、4代目の英司氏。時代の変化に合わせて事業の舵を大きく切る。社内に菓子部を新設し、伊予市にはあんこを使った洋菓子店『an’patisserie「七日(なのか氏は、「狙いは、メーカーに提案営業をするための感覚を養うこと、自社の名が広く知られることで生まれる「責任」を自覚すること」と語る。 同社は、創業当初からの変わらない味を守り続けることで、今後も地域の菓子文化を次代につなげていく。)」』を開店。英司 お琴の材料である桐の木で作られた看板が印象的な杉原楽器店。創業者の杉原繁喜智氏は、かつて大街道にあった楽器店で修業を積み、器用な手先を活かして、琴や三味線を自らの手で作って販売した。先の大戦で店舗は焼失したが、焼け跡の向かいにあった土地で再び暖■を掲げ、今に至る。戦後は花嫁修業として琴や三味線を習う女性が多く、和楽器が親しまれた。最盛期には松山市内に7軒もの和楽器店があった。時代の移ろいとともに今では杉原楽器店が松山で唯一の和楽器店となった。 音への繊細な感覚と器用さが求められるのが、和楽器店の仕事。一人前になるまで現代表の杉原玲子氏は「育成は易しくはないが、和楽器にとって厳しい時代だからこそ、従業員は何より大切にしたい」と語る。従業員の中にく、支えあって事業を営んできた。 杉原楽器店は演奏会の支援や土曜夜市や門前市での路上演奏など、地域に根差した活動を広げている。若い世代に興味を持ってもらうことが大切という想いのもと、和楽器に触れる場を生み出している。伝統を守り継ぐという強い使命感と、地域と共に歩むという姿勢が根付いている。に10年以上の歳月を要する。は30年、40年と勤める人も多大正13年創業地元銘菓のおかげで今がある。当社も愛媛・松山のためにあり続けたい。技術と信用を大切に、日本の伝統文化の継承をお手伝いしていきます。創業当会議所会員創業記念表彰を受賞された会員のみなさんをご紹介します。大正13年創業創業昭和63年の新聞記事から当時の作業メッセージ創業者_杉原繁喜智氏メッセージ事業所概要代表者:石田 英司 所在地:松山市錦町99事業所概要代表者:杉原 玲子 所在地:松山市大街道3-2-13 TEL:089-921-3863100周年100周年15会員トピックス㈲石田製餡所杉原楽器店

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